ジェネレーションギャップというもの
うちの嫁は私と同い年ながら専門学校に通っているのだけれども、クラスメートの大半は高校を出てすぐに専門学校に入った世代。すなわちだいたい干支で1回りぐらい違う。
そのクラスメートと話をしていて、最近聞いている曲、という話になったらしい。クラスメートの若い子達が「『じゅんれんか』いいよね~」「あ、俺も好き!iPodに入れてるよ」「私も~」みたいな話になったらしくて、うちの嫁は「へ~、いまナガブチ流行ってるんだ~」って思って聞いていた。
で「いまナガブチ流行ってるの?」って聞こうと思っていたのだけど、どうも話を聞いていたらそうじゃないっぽくて、言うのを辞めたらしい。勿論彼らの言う「じゅんれんか」は湘南乃風の「純恋歌」(2006)で、うちの嫁の言う「じゅんれんか」は長渕剛の「巡恋歌」(1978)なわけです。
うちの嫁はギリギリ言わずに済んだみたいだったけど、これを言ってるとどういうことになったかというと、「え?ナガブチにもそういう歌あるんですか?」「ねーさん、今更ナガブチじゃないっすよ」「ていうかナガブチって何すか?」「困るなあ、ナガブチ世代の人は」みたいな事になって、うちの嫁は「長渕ファン」「旧時代の遺物」「筋肉バカ」的な扱いを受ける事だろう。そして下手したら今後のあだ名は「好きです好きです心から」に決定。人生の落とし穴というのは身近に潜んでいるものです。
うちの嫁は別に長渕ファンでも無いし、1978年に音楽を聞いているような歳でも無く、長渕世代と言われるような世代でも無い。でもあわやそういうレッテルを貼られるところだった訳だ。若い世代からすれば大差無いように映るのだろう。内部的には大きな差があるものが、外部から見ると大差無いように見えることはよくあることで、そして時に非常に危険な事だ。
私も学生時代に塾講師のバイトをしていて、何歳も年下の高校生相手に化学を教えていました。その時に、「不動態を作るので鉄は熱濃硫酸に溶けない」ということを印象づけようと「宇宙戦艦ヤマトがガミラス星の熱濃硫酸の海に潜るシーンがあるのだけど、ヤマトが鉄で出来ていても不動態ができるから溶けないんだ」といったことを喋ったら、その後生徒から「ぼくらはヤマト世代じゃないのでそんな事言われてもわかりません!」と指摘された。彼らに対する教え方が適切でなかったという反省はもちろんとして、その時の私の正直な気持ちは「俺だってヤマト世代じゃねーよー!」というものだった。
ジェネレーションギャップの落とし穴は身近にぱっくり開いているものだ。時には楽しめるものでもあるけれども、時にはびっくりするぐらい深いものだ。どちらの立場からも、ジェネレーションギャップには気を付けよう。
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